ベオグラードで日本の桜を花見しました。春の街並みを写真でお届け

セルビア共和国の首都ベオグラードに来て初めての春を迎えました。街中に木がたくさんあるので「春はきっと綺麗だろうな~」と楽しみにしていたのですが、3月は結構10度以下の曇りや雨の日が多くて、春までが思いのほか長かった。

が、4月1日を迎えた途端、願いかなって一気に青空に太陽の光がさんさんと降り注ぎ、春がやってきました。

朝起きが苦手な私も、6時過ぎになれば太陽の光を感じて自然と目覚め、頑張ってゴロゴロしても7時半にはムクっと起き上がらざるを得ないほど、良い天気が続いています。暖かいそよ風も心地よい。20度、25度、さらに27度くらいまでパァ~っと気温が上がる日もあって、もはやこれは春を超えて初夏だな、という感じもありますが、街中は期待通り、花と新緑にあふれ、冬の寒さにつかれた体と心を癒してくれます。

一週間くらい前に友達が「日本の桜(ヤパンスカ・チェレーシニャ)が咲いたよ!」と教えてくれて花見に行ったところ、そこに咲いていたのは見事な八重桜。その後何人か別の人にも「ヤパンスカ・チェレーシニャ」といって見せてもらったのは八重桜でした。日本の桜=八重桜なのかな(?)とちょっと疑問が残りつつも、やはりこちらでよく見かける白い花の桜より断然美しく、心の中で誇らしく思ったのでした。(あまりに気温が早く上がりすぎて、若干、葉桜になってしまったのが残念…来年はベストタイミングを目指します)

とはいえ、日本では見かけたことのない珍しい花を咲かせている大きな木もあります。写真に撮ろうと思って時期を外してしまった花もあり、あまり種類は多くないですが、ベオグラードの春を少し写真でお伝えできればと思います。

ベオグラード初雪

2016新年の初雪 in ベオグラード、セルビア。吹雪いてます!

ベオグラード初雪

 

朝起きたらそこは雪国だった

ベオグラードでの初雪です!肌寒くてジメジメした時期を超えて、ここ数週間はからっと晴れる日も多かったのですが、今日は朝起きたら雪が積もってました。実は去年11月末に異例の雪が降ったのですがその時は積もるっていうほどでもなく、ちらっと降って溶けてしまったので、今日がこの冬初の本格的な雪。「気温がマイナス5~9度くらいまで下がって雪」と天気予報にありましたが、まさにその通りな感じで、しっかり吹雪いております^^

普段そんなに風は強く吹かないのに今日は雪と風でゴーゴーと音が聞こえるくらい。だから体感気温はマイナス5度よりもっと低いですね。カザフスタンなら「外を歩き回れる」気温ですが、人間、いい環境になれるのは早い。とてもじゃないけどこんな天気で外に出る気になれません(笑)

特に正月も普通に過ごす我が家は、年末年始の準備で大量に食料を買い込むなどということもなく、普通に今日あたり買い出しに行こうと思っていたので、我が家の冷蔵庫は食糧危機。。肉、魚が品切れし何を作ろうか・・・。と考えた挙句、久しぶりに玉ねぎとニンジンのかき揚げを作って、昼ごはんは頂き物のそばに天ぷらです。私にとってはうれしい日本食だけど、旦那さんにはどうかな。。(まあ、こんな日だからしょうがないと思ってくだされ)

ロシア語では、今日みたいな吹雪きを「ブラン」、しっかり快晴でも気温がぐっとさらに寒くマイナス20~30度のときは「マローズ」というのですが、カザフスタンにいたころはもう12月に入ったら必ずマローズ、そして1月~3月上旬まではしょっちゅうブランな日がありました。

「あ~そんな冬を過ごしたんだな」などと、懐かしく思い返しつつも、1月に入ってようやく吹雪がやってきて、明日以降はまた0度前後の気温に戻るくらいのセルビアの冬は、生命の危機を感じずに過ごせるなと、妙な安心感を覚えます。

でも日本の東京からしたらずいぶん寒いことは間違いなく、寒いのが大好きな方を除き、セルビア観光は冬だけは避けたほうがよさそうです。あと2か月後には春がやってくると思ってこの冬の時期は静かに乗り切ります。

ベオグラードの初雪2

ということで、今日はだらだらと天気のことについて書いて終わりです。こんないい加減な記事を読んだくださったあなたに感謝!

そういえば、セルビアのニューイヤーはどんな感じでみんな祝うのだろうと思っていたのですが、1月1日に日付が変わるころに、普通の住宅街であちらこちらからなかなか大きな花火がガンガンあがりました。ここは冬場湿度があがるから大丈夫なんですね。それ以外はテレビも特につけず、中心地にもいかなかったせいか、ごく静かな年始だなという感じです。

春が待ち遠しいな

気圧の変化が激しくない土地に引っ越したら体調が戻ったという話

2015年もあっという間に過ぎていきました。

年の前半は「今年はどんな年になるのだろう」「どこに住むのだろう」と思っていたのが、初夏に移住する目途が立ってからはめまぐるしく物事が動き、気が付いたらもう1年が終わろうとしています。

カザフスタンという気候の厳しい国から、ヨーロッパ南東部のセルビアに移住し、体調がかなり戻ってきたのが、今一番うれしいことだな~と思っています。ということで今日は、1年を振り返って大気圧というものがいかに体調を左右するのかということについて、私の体験を書いて2015年の終わりにしたいと思います。

低気圧が近づくと具合が悪くなるという話

台風など低気圧が近づいている時期に、気圧の変化で体調が悪くなる、という話はよく聞きます。

頭痛がしたり、何だかだるかったり。

なぜ低気圧になると体調が悪くなるのか、あるサイトに納得な説明がありました。以下、サイトから一部引用させていただきました。

気圧が低下すると大気からの圧力が低下し、体は膨張します。(大気から全身を抑えつけている力が弱まる、というイメージ)この膨張によって血管やリンパの流れが生む圧力(勢い)も低下する為、平時より血行不良を起こし体調不良となる。

引用元: 肩こりと低気圧 なぜ気圧が下がると体調不良になるのか

血の巡りが悪くなってそれが色々な体調不良に影響しているわけですね。

実はカザフスタンに住み始めてから、比較的早い時期に「この国にいると何だか朝起きれない」と思うことがよくありました。

でも、

  • 言語が違うからよけいに頭が疲れているのだろう
  • 寒暖の差が激しいから疲れが出るのだろう
  • 生活事情がよくないから無駄に体力を消耗しているのだろう

などと考えて、大気圧のことは一切頭にはありませんでした。

日本にいたころは、いつもエネルギッシュというタイプではなかったですが、特に病弱というわけでもなく、天気の悪い日に具合が悪いと感じることも特にありませんでした(多くの日本人の方がそうであるように、生活が忙しすぎて体調不良と言っていられない状況だったのかもしれません。)

が、カザフスタンに住んで合計3年半が過ぎたころからは特に、体調が悪化する一方で、毎月のように風邪をひいて一週間は必ず寝込み、風邪から回復しても非常に疲れやすく、家事をするだけで精一杯という状態になってしまいました。

婦人科系の病気も患うようになり、そこから体調回復のために色々な情報を集めるようになったのですが、そうこうしているうちに、一つ、「コイツが原因だ!」と思うことがあったんです。

 

そう、それが大気圧

 

カザフスタンは常時低気圧な国

カザフスタンは高地ではないのですが、大気圧が常時低いんですね。広大なステップ地帯にあるためか、バイコヌールでしょっちゅう大気圏に穴があけられているからか、わかりませんが。

天気予報で見てみると、私が住んでいたカラガンダという場所は
大体950hPaくらいが平均的です。1000hPaを超えることはほぼありません。

 

一例として今日の大気圧を見てみると・・・

カザフスタン、カラガンダの気圧

表記がММ Рт Ст (mmHgのロシア語表記)なのでhPaに換算しましたところ、955hPaくらいです。

955hPaといえば…日本だと台風が来るときに「大型の台風で中心気圧が950hPa・・・」みたいなニュースがありますよね。

つまりは、常時、台風があるときのような低気圧だということなんです。
(乾燥地帯なので天気はピカピカに晴れているときも多いですけど)

この数字を見た時、最初は目を疑ったのですが、何度hPaに換算してもやはり950hPaくらいしかない。

 

  • 朝起きれない
  • 昼間もだるく、フラフラする
  • しょっちゅう頭痛がする
  • 体力がないと感じる
  • すぐ疲れる

こういった症状から抜け出すことができないのは、

「ああ、この低気圧のせいなんだな」

と、納得。

 

ちょうどこのことに気付いたころ。知り合いのおばちゃんの家で、

「この土地は一日の中でも気圧がものすごい変化する。(壁にある気圧計を指して)この気圧計を見ていると、朝は左にあった針が昼には右いっぱいに振れてることもある。だから頭痛持ちが多いんだよ」

という話をされました。

本当にあの気圧計が壊れてなければ、基本的に低気圧で、さらに気圧の変化(振れ)も大きいということです。

カザフスタンは極度に気温差が激しく、強風で天気が変わりやすく、冬場はマイナス15~35度の外気温なのが普通。おまけに空気も水も悪い。それに加えて、大気圧の変化もひどい、となれば、やはり日本の暖かい関東地方で育った私には長く耐えられる場所ではなかったんですね。。

地元の人でも、体調が悪く病気がちな人が多かったので、そこで生まれ育ったとしてもやはり健康を保つのは大変な国だと思います。

 

セルビアに来て体調はどう変化したのか

2014年の11月末にセルビアに旅行したときに、久々にしっとりした心地よい空気を吸った気がしました。具合が悪い中、どうしてもカザフスタンの外に出たくていったのですが、滞在中は思いのほか体調もよく、ここに来れば少しは元気になるだろうなとは思っていました。

 

が、実際移住してきたて、こんなにすぐに体調がよくなるとは・・・意外や意外。

 

セルビアの大気圧は日本とほぼ同じです。
冬は日本の東京よりは寒いですが、天気予報を見ても大気圧は安定して大体1024hPaに近い感じで強風が吹くこともあまりありません。大陸性気候ではありますが、極端に気温差が激しかったり天気の移り変わりが激しいこともない。

例えば今日のベオグラードの気圧ですが

セルビアの気圧

1019hPaと、何とも安心感のある数字^^

 

到着後約1か月で感じた変化は

  • 朝自然と目覚められるようになった
  • 昼間は忙しく過ごせる
  • ちょっと疲れがたまっても半日休息すれば回復する
  • 色々やりたいことがある。意欲的に仕事ができる
  • 普通の30代の体力があると感じる

つまりは、ようやく普通の生活ができるようになったということです(笑)

 

もちろん、大気圧だけじゃなくて他にも気候のいろんな要因が関係していると思います。が、個人的には、カザフスタンで感じていた言いようのないダルさが低気圧のせいで、ここにきて気圧が普通になったから、怠くなくなったというのは筋が通っていると思います。

 

何はともあれ「健康であること」って本当にありがたいこと!

移住してきて、まだ生活が落ち着かないこともあり、言語の壁もあり、大変なことがないわけではないのですが、セルビアの温かい人たちに囲まれ、鮮度のよい食品と、普通の気候と大気圧のおかげで、2016年はもっとエネルギッシュに楽しくいろんなことに挑戦していきたいと思っています。

 

RuuSkiも2016年はコンテンツの充実化を図りたいと思いますので今後もまたよろしくお願いします!

カザフスタンの雪解け3

ようやく春!カザフスタンに雪解け&ドロドロの季節がやってきました笑

こんにちは!ようやく春ですね。

私は寒さが一番厳しい1,2月よりも、「もうすぐ冬が終わる」と思いながらなかなか暖かくならない3月のほうが気分が沈んでしまうのですが、今年はまさに極限まで辛抱が試される3月でした。

今年の冬は例年より寒い日が少なく(といってもマイナス40度の日がなかったという話ですが)比較的耐えやすかったのですが、3月に入って「もうすぐ雪解けだ!春だ!」と思ってからが長かった・・・。

3月末に最後の寒波がやってきて、それに追い打ちをかけるようにバイコヌールから宇宙ステーションに向けて打ち上げられたロケットのおかげで、マイナス10度の寒さに日本の台風のような風がゴーゴー吹くという、かなりありがたくない天気が1週間続き、「いつになったら暖かくなるんだ~~~」とぶーぶーふてくされる日々(苦笑)

バイコヌールでの打ち上げで天気が変わるという話についてはこちらの記事もどうぞ。
カザフスタンの気候が激しすぎる原因はバイコヌール!?

 

そんなこんなでしたが、昨日、とうとう春がやってきました!!

Ураааааа!! (ウラーーーーーー!!)

と声を大にして喜びたい。そんな気分の盛り上がり様です^^

(ちなみに、Ура!(ウラー!)というのは日本語で「やったー!」という意味です。)

 

昼間の気温はプラス5~10度、天気予報でもさすがにマイナスの気温はもう見えないので、これからはぐんぐん気温があがっていき、そのうち日本の東京より暑くなることでしょう。

 

さて、今日ご紹介したいのは、

春うららかな、清流の流れる雪解けの季節

ではなく、

春ドロドロな、濁流の流れる雪解けの季節

です(笑)

 

うちの近くの人通りのある道。雪が解けて、排水溝なども特にない(あってもちゃんと機能していない)ので、ちょっとした小川ができあがり。下流に向かって水が流れまくっています。

カザフスタン 雪解け1

 

水はさらに流れ、流れきれなくなったところで大きな水溜りとなり、車が通るたびにしぶきがあがります。

カザフスタン 雪解け2

 

一軒家が並ぶところに入っていくと、道路が舗装されていないため、粘土のようなドロドロ・グニャグニャの道になります。そしてあらゆるところに水溜りが・・・。

ちなみに、写真では伝わりませんが、こういう一軒家のエリアは動物を飼っているところが多く、動物のフンも掃除されないまま雪に埋まっているので、その匂いも結構なものです。健康に悪い空気を吸っているな・・・と思ってしまう。

カザフスタンの雪解け3

 

ここも水が流れています。

カザフスタン 雪解けの道

冬中、モラルのない住民が道路にポイっと捨てて行ったゴミも、雪解けとともに露わになります。

カザフスタン 雪解けとゴミ

見渡す限りゴミ・・・

カザフスタン 雪解けとゴミ

この状況を現地の人はどう思っているのか。私が聞く限りは、みんな「本当にここの住民はモラルがない!」と文句を言っています。

文句を言っているのですが、毎年雪解けになるとゴミ。ゴミ。ゴミ。

この状態はたぶん今後も変わらないでしょうね・・・。

 

なぜ、こうなってしまうのか。何となく理由が分かるエピソードを一つお伝えします。

 

友人Jと街はずれを歩いていたある時。

友人Jは通りのわきにゴチャ~~~~っと溜まっていたゴミを見て

「ほら見て。こういうの、日本にはないでしょ。この国の住民は一歩家から出ればどこでもゴミを捨てていいと思っている。モラルのない人たちばっかりで嫌になっちゃう!!」

と私に言ってきました。

その直後、そのごみ溜めの中に使用済みのウェットティッシュを捨てたのは、たった今文句を言っていた友人J。。

 

あまりの衝撃に言葉も出なかった。

「J、分かってないね。そうやってみんなが捨てていくからごみ溜めになっちゃうんだよ…」と心の中でつぶやいたのでした(汗)

 

 

 

ロシア人の人口が多いカザフスタン北部や東部から引っ越してきた友達の話をきくと、「あっちではこんなに街は汚くなかった」とよく聞くので、カザフスタン全域がこんなに汚い雪解けの季節を迎えているわけではなさそうですが、私の住んでいる中部の都市では大抵こんな感じの春を迎えます。

 

ちなみにゴミだらけのこの街並みは、あと1~2週間して道路も乾いたころに、学校の生徒たちが総勢で街中を雪巡りゴミ集めをしてきれいになります。

この生徒たちによるゴミ掃除はソビエト時代からあるようで、Субботник(スボートニク)と呼ばれています。スボートニクは土曜日の意味のСуббота(スボータ)と関係があり、ソ連時代には土曜日は人々は働きに出ず掃除をする日だったそうです。そのおかげで街中はいつも清潔そのものだったと。

現在は、土曜日も働いている人が多く、生徒たちの掃除も毎週行われるわけではないので、雪解けの後に「きれいになったな」と思った直後からまた街は汚くなっていきますけどね。。

 

とはいえ、寒さがなくなっただけで心は春!待ちに待っただけあって、気分も上々です^^ 今月末には新緑が見えて、さらに良い季節になるでしょう。それではまた!

ベオグラード旧市街の一風景

カザフスタン在住の私たちがセルビアにベタ惚れした3つの理由

「趣味は?」と聞かれて真っ先に「海外旅行」と答えるくらい、海外を旅してまわるのが好きだった自分も、まさか旧ユーゴスラビアの国、セルビアをいつか訪れることになるとは思っていなかったのだが、今回色々まわりまわって滞在することになったセルビアの首都ベオグラード

隣国のモンテネグロの海岸沿いはロシア人の観光地としてそこそこ有名らしく、ロシア人の主人は「いつかモンテネグロに行ってみたい。できれば移住したい。」と言い続けて約3年。

結婚前からの思い入れがようやく叶うかと思いきや、カザフスタン国籍のビザの問題であえなく断念し、「しょうがないからセルビアに行くか」的なノリで訪れることになったベオグラード(このあたりの詳細は過去の記事にて)。

 

旧ユーゴスラビアの国のなかだと、日本人ならクロアチアのほうがよほど観光名所が多く、訪れてみたい国かもしれない。世界遺産もあるしアドリア海に面した風光明媚な場所も多い。それに代わって、セルビアといえば内陸国だし、これといった世界遺産もなく、イマイチパッとしないというか、わざわざ訪れるほどではないという感じ(少なくとも以前の自分の中での位置づけはそんな感じだった(ゴメンよ、セルビア)。

 

しかし、ベオグラードはなかなかいいところなのだ。

 

「いつかはモンテネグロに」といっていた旦那も、今回の滞在で「できるだけ早くセルビアに移住しよう」と言うようにまでなった。

 

今回の記事では、私たち夫婦が移住までしたくなったセルビアの良さを食・気候・人の三つのポイントにわけてアピールしてみたいと思う。(「日本からセルビアに行った日本人」ではなく、「カザフスタンに3年住んだ後の日本人」の視点で、カザフスタンとセルビアを比較しながら書いてみました。)

安くて美味しい!セルビアの食

日本からセルビアにいったとしたら、そこまで感動しなかったかもしれないが、カザフスタンの食の乏しさに疲れ果てた私にとって、ベオグラードのスーパーや街中のパン屋さんはまさにキラキラと輝く宝箱のような場所だった。

ベオグラード街中の八百屋
ベオグラード旧市街にあるお洒落な八百屋さん

 

カザフスタンは、中部以北に住んでいると、特に11月以降~3月くらいまで、雪に追われるため、作物は当然育たず、カザフスタン南部やウズベキスタンからの野菜や果物のみとなるのだが、当然ながら鮮度に欠けるし、何より価格が一気に2倍以上になる。

例えば、夏場は1キロ150円程度で買えるナスは、冬場は1キロあたり350円くらい。キュウリは夏場は1キロ120円、冬場は220円くらいが相場だ。

日本人の感覚だと、冬場の値段だって日本より全然安いじゃないか、と思いたくなるが(実際この国に初めて来たときはそう思っていた)、この国の物価に慣れてくると、こういう値段を払ってまで鮮度がなくて疲れきったような野菜を買うのはバカバカしいと思ってしまうのだ。

 

そこそこ冬場でもまともなのはジャガイモ、ニンジン、玉ねぎ、キャベツ、そしてロシアといえばの「ビーツ」くらいで、この4種類の野菜をメインに、あとは夏場に塩漬けにしたキュウリやトマトを食べて冬場を過ごすというのが大抵の家庭の状況。カザフスタンに来てからは、日本で普通に売っているほうれん草や小松菜などの葉物類、オクラ、サツマイモ、エノキやしめじなどを記憶から葬り去らないと生きていけない。日本の食の豊かさは本当に素晴らしいのだ。

 

前置きが長くなってしまったが、セルビアの食はどうか、というと、とにかく果物と野菜が安くて美味しい

市場だとリンゴは1キロ50ディナール(約60円!!)で買えるし、レタスなどの葉物野菜も新鮮で生き生きとしたものが100円弱で手に入る。

ちなみに、じゃがいもや人参、玉ねぎ、キャベツなどは1キロ当たり30~60ディナール(約36~72円)。夏場のカザフスタンの価格より安いんじゃないか、というくらいだ。

カザフでは高いブロッコリーやカリフラワー、紫玉ねぎなんかも安く手に入り、心も体も潤っていくのを感じたのだった。

 

現地で知り合いになった日本人夫婦の話によると、ベオグラードには中国市場があり、そこに行けば納豆や豆腐もあるし、時々レンコンとかサツマイモ、サトイモまで見かけると。(これは驚きだ!!)

 

カザフスタンでは、鶏肉、牛肉、豚肉すべて骨付きが当たり前で、料理が非常に面倒なことが多いのだが、ベオグラードのスーパーでは日本のように部位ごとにきれいに切り分けられていて、それでいて値段もカザフとさほど変わらない(日本よりはもちろん安い)。

 

セルビアは農業国なので、野菜や果物は特に安く、ウィンナーやサラミなどの加工肉食品も驚くほど美味しいものが気軽なお値段で買える。何もわざわざレストランに足を運ばずとも、普通にスーパーで買った食材で料理をするだけで、とても美味しい夕食をこれまた安くて美味しいワインとともに楽しめる。ビバ!セルビア!

ベオグラードのスーパー
ベオグラードのスーパー。セルビア産のサラミやウィンナーがたくさん!
ベオグラードのパン屋
ベオグラードにあるパン屋さん。パンのほかにサンドイッチやピザ、スイーツも。

とにかく、カザフスタンから来た私たち二人にとっては、何もかもがおいしい!というイメージだ。(気に入ったレストランやカフェはまた別の記事にまとめる予定)

 

 

さらに私たちがベオグラードが気に入った理由は・・・↓

住みやすい環境と居心地の良い街並み

 以前の記事にも書いたが、カザフスタンは気候が非常に厳しい。ロシア語だとРезко-континентальный климат(レースカ コンチネンターリニー クリマト)といわれ、気温差が激しいことが特徴の「大陸性気候」の前に「極端な」という意味のРезкоという単語がくっついている。

夏場も今日35度まで気温が上がったかと思えば次の日は15度くらいしかないなんてこともしょっちゅうだし、冬は冬でマイナス35度くらいまで気温が下がったりする。生きていくのは大変ではない。加えて、天然資源の採掘やバイコヌールからの影響、また古い自動車やディーゼルが走っているせいで空気も悪く、水も悪いところが多い。

 

それと比べてベオグラードは・・・というと、11月の終わりから12月にかけての気候は日本の東京の真冬くらいの気温で、ほどよくしっとりした空気が非常に心地よい。冬場は日が落ちるのが非常に早く、16時を過ぎると次第に暗くなっていくのだが、これくらいの気候ならもちろん暖かく着込んで街中を散歩することだって可能。以下の2枚の写真から、気候の違いが少しわかってもらえるのではないかと思う。

カザフスタン中部の11月末の景色。すでに雪に覆われ、緑はない。
カザフスタン中部の11月末の景色。すでに雪に覆われ、緑はない。
ベオグラード11月末の景色
ベオグラード11月末の風景。木の葉はだいぶ落ちているものの、芝生は青く、しっとりとした空気。

 

滞在していたB&Bはベオグラードのスターリ・グラード(旧市街)で、近くに名所もあり、古いヨーロッパの建物も多く、道は黒い石畳で美しい街並みが多い。ひんやりとした空気のなか、美しくライトアップされた街を歩くのはなんともロマンチック。もちろん、どこもかしこもというわけではなく、アスファルトで舗装された道やコンクリートの灰色の建物といった日本の街を思わせるようなところも結構ある。

カザフスタン中部の山も丘もなく、道が無駄に広い土地にすっかり慣れてしまった私は、街中に坂道があって、一方通行の狭い道に3階建てくらいの建物が並んでいるだけで、なんだか懐かしい気分になった。

 

写真での比較をしてみると・・・

カザフスタン中部の街の一風景
カザフスタン中部の街の一風景。大体どこもこんな感じで、道も空も広い。
ベオグラード旧市街の一風景
ベオグラード旧市街の一風景。道路も広くなく、街のスケール感がいい感じ。
ベオグラード旧市街にあるレストラン街
ベオグラード旧市街にあるレストラン街。石畳の美しい通りだった。
ベオグラードの古本市
ベオグラードの古本市。狭い通りがいい感じ。カザフスタンではまず見られない風景。

 

市内を走るバスやトラムも電線からの電力で走るエコロジカルなものが多く、空気は幹線道路沿いを歩く場合を除いてさほど息苦しさを感じることはない。街の中には緑も多く、サヴァ河畔には自転車用と歩行者用の道が川に沿って10km以上続いていて、ランニングやサイクリングなどのフィットネスにもうってつけだ。

 

そして水。ヨーロッパでも水道水が飲めない都市は結構あるが、ベオグラードは水道水を飲んでも大丈夫だから驚きだ(実際に水道水から飲んでいたが、おなかの調子も良好だった)

日本から来た日本人にとっては、そんなに感動するほどではないかもしれない。が、ヨーロッパで、ヨーロッパと日本の雰囲気を味わえるベオグラードは、カザフスタンの生活に疲れた私にとっては癒しのひと時だった。

 

 

そして、もうひとつ、大切なポイントは・・・

セルビア人はいい人たちだ

旧ユーゴスラビアの国、というと激しい民族・宗教の対立で長く内戦が続いていた国のためか、人が良いというイメージはあまりなかったのだが、セルビアの人たちは本当に親切だし、フレンドリーだ。

3週間の滞在のなかで、現地の数多くの人に大小さまざまな場面で助けられた。道を聞けばちゃんと私たちに分かるようにと気を使いながら丁寧に説明してくれる。(カザフスタンでは、道を教えてくれはするのだが、間違った情報を自信満々に教える人が少なくない。分からないなら分からないと言ってくれればいいのに・・・と思う。苦笑)

カフェやスーパー、交通機関などで働く人たちのちょっとした対応の仕方、街中を歩く人々を見ていて、この国の人々の温かさが伝わってきた。少し前まで、争い合っていたような民族にはとても思えない、というのが本音だ。

滞在先のB&Bのオーナーから聞いた話だが、彼の親族が住むオーストラリアのメルボルンの人々は、非常に個人主義が強くて人づきあいが悪いのだという。隣同士に10年以上住んでいても全く互いのことを知らない、困ったことがあっても親身になって助けてくれる人は誰もいない。(オーストラリアへのイメージはそんなに悪くなかったので、驚きだった)。オーストラリアで育ったものの、その個人主義に嫌気がさしてセルビアに戻ってきたらしい。そんなセルビア人の彼も、非常に気遣いにあふれた親切なオーナーだ。滞在中に私たちの結婚記念日があるということを知った彼は、その日を覚えていて、当日ワインまでプレゼントしてくれた。

 

ちなみに、セルビア観光を考える人が気になる「治安」は、街全体が穏やかな感じで、「治安は全然悪くない」と私たちは感じた。暗くなってからも人通り、車の通りがそこそこあり、街の中心部は夜遅くまでお店やレストラン・カフェなどが営業しており、街中を一人で歩くのも怖くなかった。

ただ、スリはそこそこあるようなので十分注意が必要。基本的に観光先として選ぶのは治安的には全然問題ないと思う。

 

セルビア移住計画

私たち夫婦は三週間の滞在でセルビア、ベオグラードがすっかり気に入り、1年後には移住してこようという気持ちにまでなった。もちろん、いいことばかりではなく、問題もある。経済危機といわれて久しく、仕事を見つけるのは非常に大変だし、今後EU加盟に向けて様々な行政改革が行われていく過程で物価の上昇や失業者の増加も懸念されている。そういう状況の中、外国人の私たちが個人事業主として働き出して、どれほどうまく事が運ぶのか、不安でしょうがなくなることがある。

が、夫のほうは「最初の1年は大変だろうけど、なんとかやっていけるはずだ」という感じで、さほど心配していない。カザフスタン育ちのロシア人の夫は、周りにカザフスタンを離れて世界各地へと移住していった人をたくさん知っているため、そもそも「移住」するということを日本人が考えるよりよほど気楽に考えているし、カザフスタンという国への思い入れは全くないのだそうだ。移住の大変さと、カザフに住み続ける大変さを天秤にかけた時にどちらが大変か、と考えればおのずと出てくる結論は「移住」になってしまうのかもしれない。

 

追記) カザフスタンでは何でも気軽に計画し、気軽に計画倒れする事が多いので、セルビア移住計画が実現する日が本当にやってくるのか、それは誰にもわかりません(苦笑) 今年の終わりごろには当ブログでも移住の報告ができることを願いつつ、今回の記事はここで終わりにしようと思います。

 

 

 

カザフスタンの寒さから逃れてセルビア・モンテネグロへ

個人的な話ですが、12月に結婚一周年を迎えます。そんなこともあり、またカザフスタンの冬が厳しすぎるということもあって、今年は結婚記念日を暖かい海外で迎えようということに。

このカザフの冬逃避計画はすでに夏ごろから持ち上がっていて、かねてから夫が行ってみたかったモンテネグロに旅行しようと航空券を手配したり現地のアパートを借りたりなどと、着々と準備を重ねて来た日々。

 

結婚後、私の居住権取得の手続きで四苦八苦してきた私たちは、

「いや~本当に、もうすぐ行けるんだねぇ」

などと二人で浮き浮きしていたのが出発1週間前。

 

 

そしてドラマはここから。

 

 

 

出発4日前の木曜日の朝。

 

暗い顔をした夫がソファに座り込み

「良くないニュースがある」

と切り出した。

 

 

「なになに??この空気・・・」

とハラハラしながら事情を聴くと

 

モンテネグロにはビザなしで入れないことが分かった」

と。

 

 

 

「なんじゃそりゃ~~~!!!」

「ここにきて全部キャンセルですか~~??飛行機も?アパートも?列車も????」

などと、頭の中でいろんなことがぐるぐる回り始める。

 

 

なんでフライトやアパートはしっかり予約しておいてビザの確認が甘かったのか。。

二人で情けなくなったが、日本人の私はビザなしでOKなので夫のことまでチェックするほど頭がまわらなかったのだ。カザフスタン国籍だと、夏場だけビザなしでOKで、冬場はビザ必要らしい。(そんな期間限定ビザがあったなんて!)

夫の話によると、夏ごろにネットで調べていた時は、2014年は年末までビザなしで入れるという情報が出回っており、安心してそのあとチェックしなかったんだと。(まぁ普通そうかもね)

 

そして、出発直前の木曜日の早朝、なにか嫌な予感がして調べなおしたところ

モンテネグロへのビザなしの入国は10月末まで

という情報が見つかり、焦りに焦って旅行会社などに問い合わせたところ、やはりそうだということ。

 

11月末からの私たちの旅行にはビザが必要だということが分かってしまったのだ。

しかも、カザフスタンでビザを取得するには2~3週間かかるという。(手遅れジャン!!)

 

夫から話を聞いたときはそれはそれは全身が硬直したが、少しして落ち着いてから

「まあ出発前でよかったね」

と言って、別ルートを考えることに。

 

結局、思いついたのが、ビザなしで入国できる隣国のセルビアに入り、セルビアのモンテネグロ大使館でビザの申請をしよう、というアイデア。

隣国だからきっとビザも早く出るだろうと期待してのことだ。

 

しかし、すでにカザフスタン→イスタンブール(トルコ)→モンテネグロというルートの航空券は手配済みで変更もできないので、しょうがなく、モンテネグロ→セルビアの航空券を追加で手配することに。

 

既に予約したアパートの前金は無駄になるわ、モンテネグロからさらにセルビアまでの航空券代がかかるわ、セルビア滞在費もかかるわで、旅の前から予算がすでにオーバーしてしまったが、ここにきてすべてキャンセルするなんて悲しすぎる!ので、気を取り直して新たな目的地に思いをはせて旅の準備を進めたのだった。

 

カザフスタン、アルマティの空港にて

rhythmuswege / Pixabay

ついにやってきたカザフ脱出の日。これまで何十回と飛行機には乗ってきたが、今回のフライトほどドギマギしたときはなかった。

 

なぜかというと、目的地ではなく今や経由地となってしまったモンテネグロの空港で、何かしらの問題が発生するような気がしていたからだ。

基本的には、受託手荷物を最終目的地まで預けてしまえば、途中の乗り換え地では、入国する必要がなくトランスファーエリア内にとどまることになるので、乗り換え地でのビザは必要ないはずだ。

 

が、今回は乗り換えが2回。モンテネグロまでとそのあとでは航空会社も変わる。

 

もしモンテネグロでいったん入国して荷物をピックアップして再度搭乗手続きをと言われてしまったら・・・などと考え始めると居ても立ってもいられなくなった。。

 

心配で心が折れそうな私とは裏腹に、隣の夫はさも落ち着いた様子だ。問題が起きるとしたら夫のビザの件なのに、私ばかりが心配するなんて本当に損だと思い、あれこれ考えるのをやめようと決意。

 

さて、とうとうカザフスタンの南部の都市アルマティの空港でチェックイン開始。スーツケースを預けると同時に、「最終目的地のセルビアまで通しでお願いします」とお願いする。

 

が、乗り換えが2回あることに気付いた空港のお姉さんは

「2回の乗り換えは無理です。モンテネグロで一度ピックアップして再度搭乗手続きをしてください」

 

 

ガーン。

 

 

嫌な予感が本当にしてきた。

つまりはモンテネグロで入国して、荷物を受け取り、再度出国手続きをしなくてはいけないのだ。

 (ここで安心したかったのに、今後どうなることやら不安になる)

 

夫は「空港で事情を説明すればなんとかなる」とあくまで落ち着いた様子。

 

最悪、私だけ入国して旦那はトランスファーのルートで。

という方法をとることにしようと話し合い、まずは最初の経由地、イスタンブールへ。

 

 

アルマティからイスタンブールへ

初のトルコ航空。設備は快適に作られているが、機内食はまあまあというところ。(アルマティ発だからかもしれないが・・・)

 

あと、映画のセレクションがイマイチすぎて、最初の10分くらい観て別の映画に切り替えるというのを5回くらい繰り返し、結局アニメを観る羽目に。

 

5時間くらいのフライトで早くも無事イスタンブール到着。

 

ここでの乗り換えには問題がないはずなのでひとまずトルコまでこれたことを喜ぶ。

 

Skitterphoto / Pixabay

 

空港内は本当に様々な人種の人であふれていて久しぶりに人ごみを見た感じ。。

さすがトルコという感じだけど、なんだか逆に委縮してしまった。。

 

手元にはすでに発券された航空券があるので、ひたすら待つ。少し予定時刻を過ぎてようやく登場開始。

パスポートとチケットを手に、スタッフに手渡し、チケットを切ってもらう。

 

空港ビルから出て、飛行機までの送迎バスにさて乗り込むぞ、と私の後に続いているはずの夫のほうを振り替えると・・・

 

なにやら、空港スタッフともめている様子。。

 

 

「えっここで?なんで????」

「ここでストップかけられるんですか。。トルコから出発できないんですか~!!!!」

TaniaVdB / Pixabay

 

 

 

すでに外に出てしまった私はガラス越しに様子を見守るしかない。。

女性スタッフは首を横に振るばかり。。

 

まじっすか・・・

 

後で聞いたところ、旦那は冷静に「自分はモンテネグロで乗り換えてセルビアにいく。セルビアはビザなしで入れる」と説明したようだが、女性スタッフはパソコンに保存された古い情報をみて、「カザフスタン国民はセルビアもビザなしで入れない、モンテネグロにも送り出せない」と言い張っていたようだ。

幸い、2人の男性スタッフがネットで情報を調べてくれ、セルビアにはビザなしで入れるとのことを確認し、さらにセルビア行の航空券が予約済みであることを見せて、晴れて通過することができたのだった。

 

問題があるとしたらモンテネグロの空港でだろうと思っていたのが、いきなり襲ってきた恐怖の瞬間。

 

ほんの10分くらいのことだったけれど、他の乗客はどんどん送迎バスに乗り込んでいくし、自分たちだけが最後に残って本当にどうなるか緊張・緊迫の瞬間だった。

 

これが過ぎたら、なんだか落ち着いて、あとはもうセルビアに入るためなら何でもするよ。という吹っ切れた気持ちで飛行機に乗ったのだった。

 

モンテネグロ、ポドゴーリツァの空港にて

1時間40分のフライトを終えて、夢のモンテネグロに到着。

飛行機の中から見たモンテネグロは、こんなに山があるのか!というくらい山々が連なり、そして複雑な海岸線と青い海がとっても美しい。

いやぁこんな風光明媚なところだったとは!と嬉しくなりつつも、この空港でいったい何が待ち受けているのか、不安がこもる。

飛行機から降りて空港ビルまでの外の空気が気持ちよい。

 

さてここが正念場!

 

いざという時は自分だけ入国審査をして荷物をピックアップし、夫はそのままトランスファーエリアへ。ということは決めていたが、空港スタッフがどんな対応をしてくるのか、ドキドキハラハラ。。

中に入ってみると、めちゃめちゃこじんまりとした空港。目の前にすぐ入国審査エリア。「あれ、トランスファーはないんですか?」と思ったら、脇のほうにちょこんと「Transfer」という文字が。

その分かれ目にいる女性スタッフの方に近づいて、「私たち乗り換えでここに来たんですが、荷物をピックアップしないといけないんです。どうしたらいいですか?」と聞いてみる。

 

思った通り「一度入国して、再度出国手続きをしてください」と言われたので、「あの、私は入国できるんですけど、夫はカザフ国籍なのでできないんです」と事情を説明。

驚いた顔をしながらも、私たちのセルビア行のチケットと夫のパスポートを見て、すぐに他のスタッフと連絡を取り、私だけ入国して荷物を預けなおし、夫はスタッフとともに別のルートで搭乗エリアへと案内されることに。

 

トルコでの対応とは全く違って、すべてが素早く親切な対応

 

モンテネグロの人たちは非常に親切だという話は夫から聞かされていたが、「本当にそうかもしれない」と思い始めた。ここにきてようやく自分たちが人として扱われているな~というのを感じることができた瞬間。

 

 

今回のフライトの問題はもはや過去のもの。

睡眠不足と緊張で疲れは溜まっているものの、気分は上々にセルビアの首都ベオグラードへと旅立ったのだった。

カザフスタンの冬景色

カザフスタン中部より。寒い冬がやってきました。

こんにちは。今年もやってきました。

長くて寒くてビュービュー風が吹く厳しい冬。。。

 

こういう↓写真を親族や友達に見せると「わ~綺麗!!」と言ってくれるのですが、

カザフスタンの冬景色

 

「わ~綺麗!!」と喜んでいるうちに終わってくれないのがカザフスタンの長い長い冬。

 

今年は早くも10月末に雪が降り、冬が始まってしまいました。ここ数週間はマイナス15度まで下がったかと思えば次の日はまた気温がプラスになったりしていたのですが、11月半ばを過ぎた今、とうとうプラスの気温は春までおさらばの時が到来したようです。

実は、個人的には気温プラス3度よりもマイナス5度のほうがよかったりします。というのは、この街、道路の舗装がぜんぜんなってなくて、雪がとけると路がドロドロ、ブーツの底にべったりと泥がついてしまうからなんです。。

雪解けの季節の写真はこんな↓

カザフスタンの雪解け

 

冬直前の時期と春先の雪解けの時期は、毎日家にもどるとバケツに水を汲んでブーツや靴の泥をひたすら落とすという超面倒な作業が待っています。。

 

まだカザフスタンという国の存在さえ知らなかった頃に「ロシア人は靴を洗うんだよね」という話をどこかで読んだか聞いたかしたのですが、靴を洗うのはお洒落だからとかきれい好きだからとかじゃなくて

靴が泥だらけになっちゃうから

だからだということが、現地に行って納得しました。

 

マイナス5度なら雪が解けないので、白い雪道をブーツを汚すことなく歩けるし、着込めば寒くもないので私はこれくらいの気温が好きだったりします。街も雪で白化粧されてきれいですし^^;

 

が、それだけで終わらないのがカザフスタンの冬。

この土地の本当にこの寒さには体がやられます。

 

カザフスタンは土地面積が大きい国(世界第9位)なので、カザフスタンといっても南部や西部の冬は比較的暖かく、中部~北部・東部は寒さが厳しいです。

私の住むカラガンダは中部のなかの北寄りに位置しており、冬場は一番寒いときでマイナス40度になります。

マイナス40度っていってもあまりどんな寒さなのか想像つかないかと思いますが、日本だとマグロの冷凍庫がマイナス40度って聞いたことがありますね。

具体的にどんな感じかというと

  • 吐く息がマフラーや帽子の周りで凍る
  • まつ毛も凍る
  • 鼻毛が凍って鼻で息をするたびにパコパコいう
  • 口から息を吸うとむせる
  • 外気に直接触れる顔がびりびり痛む
  • ありったけ着込んでも骨まで冷えて体が痛む

↓↓↓

家に帰ると30分は脱力して動けない

脱力
PublicDomainPictures / Pixabay

という状態になります。

 

暖かい関東地方から移動した日本人としては、5分外にいるだけで生命の危機を感じるほどの厳しい寒さです。

とはいえ、マイナス40度というのは本当に寒い日で、年に3~4日あるかないか。

 

普段は夕方~夜中にかけてマイナス25~35度、昼間はマイナス15度~25度くらいです。

それでも十分寒いですけど。。

カラガンダの寒さは気温が低いということより、風が強いということのほうが特徴的で、この風のせいで体感温度がぐっと下がってしまうことが厳しさの原因ともいわれています。

実際マイナス30度の日でも、風がなければ外を歩くのもつらくないのですが、マイナス20度でも風がビュービュー吹いていると頭から体まで寒さが帽子や服から入り込んでくるのでつらい。

南部から引っ越してきた友人も「この風には何年住んでも体が慣れない」とぼやいていました。

 

この土地では、かつて日本人を含めて多くの抑留者が強制労働で厳しい寒さの中、道路や建物の建設を行っていました。

現在も街のあちらこちらに日本人が建てた住宅が残っているのですが、この寒さの中、ろくな食事もなく強制労働に就くというのがいかに大変だったか。

 

抑留者が都市を建設していたころや、近年だとソ連崩壊後、この寒さの中暖房も暖炉もない状態で人々が暮らしていたということを思うと、ここの生活の厳しさをあらためて感じてしまいます。

 

今はアパートには集中暖房が入っていて、冬になれば大抵の家の中は日本より暖かいのでありがたいと思わなければ。。今年の冬はどうなるかな。。

カザフスタン 冬のアパート